泥から這い出してきた三菱グループの創始者 ~岩崎弥太郎伝4~
2020年11月15日
泥から這い出してきた三菱グループの創始者
~三菱グループ創業者 岩崎弥太郎の生涯 その四 ~
いつもトレードの話ですが、本日は気分転換に
番外編を書きたいと思います。
今日は三菱グループの創始者 岩崎弥太郎の生涯 パート4です。
人間絶好のチャンスが、舞い込んでくることがあるが、
この男にもそれが来た。
幕末、財政確保のため土佐藩は
土佐の産物を外国人に売ろうという
経済的な戦略を立てる。 が
担当したのは土佐藩重役の後藤象二郎である。
「後藤象二郎」
こいつは中学高校の教科書等でなんだかいい感じで
「大政奉還」や「自由民権運動」を推進した人として
でてくるが、とんでもない間違いである。
本当のところは「自由民権運動」は最終的にこいつが仲間を裏切って
潰してしますのである。
(思うに自由民権運動は聞こえはいいが、大したことない運動だったと思うが・・)
とまれ、土佐の財政確保のため、土佐藩も外国人や他藩との交易のため
「土佐商会」を設立。本格的に商売に乗り出すのである。
ただ後藤は商売のイロハも、なんも知らない、
あるカネめちゃくちゃに浪費しまくって、結局赤字の垂れ流し状態に陥る
「このままでは、責任取らされ、罷免される・・・。」やばい 誰かにやりくり頼もう・・
しかし土佐藩に商売のできる武士などそういるものではない・・。
誰かおらんか・・・。 うーーーん
そういえば一人 商売している奴いたような・・。
上士じゃないが、、郷士なんだが。頭はいいかもしれないが、未知数やし、
しかも汚ねー地下浪人・・。
「まあしゃーないか、奴しかいねえ・・」
ということで!!!!
岩崎弥太郎 土佐商会の世話役となって
長崎に出向を命じられるのである!!
きたーっ!きたきたきたきた! やっときた!!!
地下浪人が土佐商会の世話役なんぞ、聞いたことない出世!!
しかも部下はあの上士たち! るんるんるん!
弥太郎は喜びで鼻水たらしながら 長崎へ向かうのである!
(弥太郎は以前、藩の調査で長崎へ行ったことはあるが、
その時は接待と称し、藩のカネを豪遊につかってしまい
おとがめを受けている。)
当時の長崎は 異様な街となっていた、貿易が自由化され
英国、オランダ、フランスなど新規の外国人の出入り、
見たことや、聞いたことのない文化が入り乱れ
弥太郎にとっては 「不思議の国のアリス状態!」
ここで外人相手に商売をするのだから
尋常なことではない。
しかも土佐の売り物といえば
木材や、鰹節、樟脳(クスノキの成分で今で言う防虫剤)である。
それを売って、カネを稼ぎ、仕入れろと言われたものは
なんと!
「砲艦」「大砲」「新式鉄砲」「小銃」
めちゃくちゃである!
そんなもの買えるはずがない!
「鰹節売って、黒船(戦艦)を買う」
できるかっ!そんなもん!!
ただこの男はやるしかない!
なぜなら「それしかない」からである。(二発目)
長崎の外人相手に、土佐のもの売りまくるのである!
ビジネスを行う!
ただ読んでいる方もご存じな通り、
営業で一番難しいのは
最初の注文をもらうことである。
ファーストオーダーをとり、きっかけを作りたい・・。
どうする岩崎弥太郎!!? どうすんだ?
訪問して、にこやかな握手から、うっとうしがられても、
しがみつく、カネは握らす、酒はのます、
最終手段は土下座である!!
なんというジャパニーズスタイル!
武士がもの売るのになんと土下座! というがこの男は地下浪人である!
そんなもんクソ喰らえなのだ。
毎日のように 長崎の丸山花街で
外国人相手に宴会繰り広げ、次第にネットワークを構築するのである。
そしてそして、かの有名なグラバーや他外国人
武器商人たちと懇意を通じ、ビジネスを成立させていくのである。
この男とうとう開花期を迎えるのである! 弥太郎32歳
長く貧しいトンネルから、這い上がってくるのである!
土佐藩からの無理な注文でカネがいるときは、
担保は岩崎弥太郎の顔でカネを借りるのである
なんという男であろうか!!
地下浪人から一人で外国人武器商人たちとやり取りを始めるのである。
弥太郎は徐々に土佐商会の経営を黒字化させていくのである。
この男のビジネス感覚は本物だった。
と、成功したかに思えるが・・・
土佐商会には後藤象二郎という上司がいる。
弥太郎が稼いでも、後藤が浪費してしますのである・・・。
しかーーもこれから弥太郎は後藤の尻拭いに奔走されていくのである・・。
次回へ続く~